【プロフィール】
池上 高志(いけがみ たかし)
1961年長野県生。
1989年東京大学大学院理学系研究科で理学博士。
神戸大学、 オランダ・ユトレヒト大学滞在を経て2008年より現職。 複雑系と人工生命をテーマに研究。2016年、 メディアパフォーマンス 『Alter』 (大阪大学石黒浩教授チームとのコラボレーション) 『機械人間オルタ』でメディア芸術祭優秀賞。著書に『動きが生命をつくる一生命と意識への構成論的アプローチ』 (2007)、 『生命のサンドウィッチ理論』
(2012) 「人間と機械のあいだ』 (2016 共著) など。
話し手:池上高志 先生
聞き手:吉野国夫 (一財)大阪地域振興調査会 常務理事
吉野: 本日はありがとうございます。 本号のテーマ 「移動の大変化と未来社会」 に関して 特に「移動をめぐる生命論」 などを中心にお聞きしたいと思います。 また、 今年の10月には大阪の四天王寺で同テーマの国際シンポジウムを企画していますので、その参考にもさせて頂きたいと思っています。 ではまず、 機械人間オルタや人工生命についてお願いします。
池上: 人工生命という分野で生命に関するいろんな理論やシミュレーションをやっています。例えば、 自分で動く油滴の実験があります。 無水オレイン酸はオリーブオイルの成分で、これを水酸化ナトリウムが入った水に入れると反応して油の粒ができます。 それが自分で動いていく。その油の粒は、化学反応の濃度を感知して自分で動いたり、究極的には嫌なやつから逃げてきたりするかもしれない。 1回ですが自己複製も可能なんです。
大阪大学の石黒浩さんは金属の機械ロボットを作られているのですが、 僕は化学的なロボットも大事ではないかということでやってきました。
今度はこの石黒さんのアンドロイドを油滴の代わりに完全自動化し、 ロボットに自律性を与える、主体性を与えるとはどういうことか。 それをやりだしたのが2016年です。
人工生命 『Alter』 大阪大学石黒教授のアンドロイドと池上教授の自律的人工生命のソフトウェアの融合
© 東大新聞
吉野: 自律性ができるかできないか、そこには境界みたいなものは何かあったのですか。
池上: コンピューターだと決まったプログラム、決まったことしかできないと思うかもしれないが、そうではない。 例えば記憶を持たせる。あるいは、人工のニューラルネットワークを入れたロボットは十分に自律的でもあるのです。人間のような神経細胞ネットワークを持ち、人間のように記憶を持っていたら、人間のような自律性が出てもおかしくない。そういう意味です。
アンドロイドの中だけをつくるのではなく、周りにどういうことが起こっているか、オルタはセンサーで温度や光の明るさ、 近くに人がいるかを感知します。 人間は環境のあり方を感じるじゃないですか。 そういう性質をオルタに入れて自律運動をつくりだすのです。
吉野: なるほど、 その場合、光が入ったり温度が変わったりという外界の変化に対して、 プログラムとして組込む際には線型のプログラムをイメージします。 そこで非線型か複雑系かわかりませんが、線的には予測できない。 人間の手を離れるような場面は、どのタイミングなのでしょう?
池上: 人工でも自然でも神経細胞は、刺激を避ける規則にしたがっているようです。刺激を避けるというのは、外からの刺激が入ってこないように運動を生成するネットワークをつくり直す。
そのつくり直すという原理、どのようなネットワークをつくるかは僕らにはわからない。
神経細胞は、学習しながら常に動いている。学習しなさいと言われなくても、人工の神経細胞でどんどん学習が進む。かつ、この刺激を避けるという原理が働く。この原理がオルタに自発性を与える。この原理を発見して面白かったので、そこからアンドロイド制作へのモチベーションが一気に高まりました。
吉野: 深層学習みたいなものが今、 大ブームというか、 通常の技術になってきましたが、当時はかなり汎用的だったのですか。
池上: 2016年につくったのはオルタ1、オルタ3をつくったのは2018年です。 人工生命の国際会議が東京のお台場の未来館であったのが2018年で、その頃から目にはカメラが入っていて、相手を認識してマネをしたりする動きも入れた。オルタもディープラーニングを使わないとできない動作があります。
吉野: 人型ロボットの場合、 ぱっと見て人間的に見えるかどうかは、目が一番大事ですね。
池上: オルタの目にカメラを入れて、人の動きを認識して、 マネをします。目は大事です。 しかし、いくら頑張ってもオルタはまだ人間にはならない。 細胞やDNAがなくても生命はつくれると思っています。 しかし、まだ生物だと思えるようなロボットは出てこない。
ロボットの中に入れる仕組みは簡単なことが多く、簡単なモデルだからダメなのか。人間や生物はもっと複雑な内部構造があるのか。 例えば、体の中に血液みたいな水が流れていなくてはいけないのではないか。
僕は、物理学の出身ですが、量子論や相対性理論、カオス理論に代めの生命の原理は見つかっていない。 それが入っていないからロボットは生命にならないのではないか。そう考えたこともあります。
吉野: 分子レベルや原子レベルから生命は断絶していると書かれておられたのをどこかで見ました。
池上: サンドイッチ理論ですね。 原子と分子と細胞の間のギャップ。 坂道でボールを転がしたときに、途中で止まったり、逆に坂を上がっていくとアレッと思うじゃないですか。 そうした見かけ上の物理法則への裏切り。一見、化学反応や物理の法則とは逆のことをさせるようなパターンが現れたら、それが生命の上部構造で、下位構造にある物理や化学反応から、直接説明できない上位構造が生命の状態かと思ったのです。それがサンドイッチ理論で、むしろ下を頑張って抑え込むような上が現れたら生命っぽいのではないかと考えているわけです。
吉野: 読んで驚いたのですが、大量にもの (群れ) を動かしたら、あるとき全く違う構造が出現する、と書かれていました。
池上: 量が質に転移する。それが群の性質で、細胞でも、細胞の量を増やしていくと分化が始まっているようにみえる。
吉野: それは理論的に解明されているのですか。量が質に転換する原因、理由とかは?
池上: ケースバイケースで、一般論みたいなものはないと思います。鳥の群れを考えますと、最初は、群れの表面は球面に近い。群れが大きくなって表面が平らになると、表面は内側とは違った振る舞いをしだす。それで、例えば大きな表面にものすごく速い一団が出来上がって外に飛んでいく。そういうことが起こる。
吉野: 不思議ですね。
池上: 普通、物理をやるときは、2、3個の数を扱うか、無限大の数を扱うか、どちらかしかできない。その中間の数千個数万個に面白いことがあって、 生物は、その辺の数を考えなければいけないのではないか。 しかし、まだわかっていない。一般にシステムが複雑で大きくなると、内部構造が出来上がるし、外から信号がいっぱい入ってくると、それによって内部に変化がおきる。
吉野: 外との情報が全体の群れの中で瞬時に共有されるのか、連続的に伝えているのか、そこがよくわからない。
池上: それは面白くて、ハチの巣の実験の解析もしていますが、巣の中でハチが一斉に同期して騒ぎだし、また静かになる。ハチが外から帰ってくると、そのときに有名な8の字ダンスがあって、それが同期を起して、その同期をもとにハチが外に出ていっているように見える。ハチが同期してワーと騒いで走り回ることが、外の情報をみんなに知らせることになっているのではないか。僕らはそう考えています。
吉野: 伝達だから次から次へと行くのではなく一気にそれが変異するのが、すごく面白い。 生命は動きだ、と言われていますがその辺が非常に重要な段階に来ている。
池上: オルタは、いろんなセンサーを持たせて、外からの情報も入るし、内側にセンサーからの情報を避ける原理があって、両方で生命的な自律性を持った動きをつくっている。 つくれるのではないかと考えているのです。
吉野: あと一歩ですね。 オルタ3は2018年ですが、ハード的なオルタ4、あるいはソフトウェアとしてのオルタ4はどうなりますか。
池上: 20年近く一緒にいろいろやっている音楽家の渋谷慶一郎さんがいます。渋谷さんは、2018年にはオルタを使って指揮をするScary Beauty (アンドロイド・オペラ)を作りました。最近、 渋谷さんたちは大阪芸大でオルタ4をつくっています。躯体はほとんど同じですが、自由度の数を増やして、オルタは43個しか動かないですが、それを55個にしたり、体を軽くして動きやすくしたり、空気制動、振動するのを抑えたり、いろいろ工夫をしている
吉野: イノベーションというより、バージョンアップという感じですね。
池上: そうです。アンドロイドとは別に違う身体性についても考えていて、例えば、iPS細胞をつかったミクロなロボットは可能か。まさに万博で出せればと思っています。今までの万国博覧会は新しい技術を見せる場で、パリの万博ではエレベーターや蒸気機関車、1970年の大阪万博では人間洗濯機や月の石。「いのち輝く」というテーマなので、生命的な技術をいかに人間が手にできるかを見せられたらうれしい。2025年にできていれば出したいですね。
吉野: ワクワクするような話ですね。大いに期待しています。本号のテーマ 「移動」についてですが、人間が物理的に移動する際のコミュニケーションとメタバースの世界。別々にあって、どんどんメタバースの動きが進んできていると思いますが、その辺について何か。
池上: アーティストの荒川修作さんはご存じですか。生前、彼と仲良くしていて、彼の 「死なない建築」というのがあります。 天命反転の住宅です。実現しなかった天命反転の橋というのがある。そこを渡ると死なない。それをフランス南部にある川につくろうとしていましたが、荒川さんが亡くなってしまった。それを僕らがメタバース上に設計し、この夏から始まる愛知の国際芸術祭で展示します。
メタバース上で橋を体験してもらうのですが、大事なのは体性感覚、 メタバース上で歩くときに実際の空間を歩いている感覚が重要で、ヘッドマウントディスプレイを装着していますが、視覚だけではなく、 実際に歩いてみるとものすごく新しい体験が立ちあがる。
他にも6月25日から新宿のICC (NTTインターコミュニケーションセンター) で無響室でのメタバース体験を提供しています。 来年は、Mind Time Machine (以下MTM) を製作体験してもらう予定です。
荒川天命反転の橋のVR
MTM(MindTimeMachine)の全体像
2010年 YCAM(山口情報芸術センターにて)
吉野: 素晴らしいですね。生の自分がメタバース上にいるのも面白い。とことんやれば面白い。自分が無限につくれる。そうすると相手の反応も無限にあるから膨大になる。その先にどうなるのか。
ブロックチェーン上での仮想生命体の系統樹
池上: それは面白い。それはやったことがなかったですが、メタバース上での自己複製は、やっています。ブロックチェーンを使って、イーサリウムというプラットフォーム上で自己複製する仮想生命をつくっています。 そいつにお布施、お金をあげる。そうすると、そのお金を使って仮想生命体が増えてどんどん進化していく。今もメタバース上でどんどん増えて進化しています。
生物の存在の一意性(一つだけ存在している)をどう保証するか。ブロックチェーン、NFT(非代替性トークン) を使って、そいつ自身の所有性を確保してあげて、それが増えていく。そういうことをやっていて、けっこう面白い。自然界は同一性が重要です。「マトリックス」という映画では同じスミスという男が増えてしまう。アイデンティティはメタバース上ではどうなるかを考えて、実験をしています。
吉野: Zoom等で顔を出すときに、初めての人だったら男前の顔にする、あるいは女になってみる。 最近SNSで海外の方とやり取りしていて名前が女性的だったので、 ずっとそのようにやり取りしていた事があって、考えさせられた。メタバースでやり取りをしたら相手の反応が違ってくるのではないか。 人間関係など何が起こるかわからない。 メタバースや顔の修正技術はそこが怖いと思います。
池上: 現在、(株)デンソーさんと「モビリティゼロ」(移動なき世界)という社会連携講座をつくり、そこで車に代わるような未来社会について考えています。未来では移動をどう考えるか。メタバースで移動することもあるかもしれない。移動するということは、体のいろんなセンサーが刺激されて、主観的な時間が揺らぐことだと思っています。主観的な時間が揺らぐ。それをつくりだすシステム、先のMTMみたいなシステムをつくる。移動に代わる、人間が実世界では経験したことのない時間体験するものをつくりたい。
吉野: リアルに移動することとメタバース上で移動すること、両方を理解し体験するのが大事ですね。そういう意味では、会議でも、VRで参加している人もいればリアルで参加している人もいる。混ぜると変わった会議になるのではないか。
池上: 夢の中で走り回る夢を見たりしますよね。あれとメタバースとがくっついたら面白いですね。「アバター」という映画が、仮想と現実が混じるということを描いています。吉野さんがおっしゃったように、メタバース上のアバターと人間が同時に存在する。
吉野: 一人の変化というより、メタバースが出てくることによって、相手とのコミュニケーションが拡張するような気がして、複雑な人間関係が面白いですね。
池上: メタバースは身体性の拡張だから、どういう時空間に放り出されたら、自分の身体性は、書き変わるか。 そういうことだと思います。メタバースで荒川さんのやつをつくるのは、それこそ荒川さんのやりたかったことだと思っています。
吉野: ようやく分かってきました。われわれの都市計画の世界でもメタバースは出てきていますが、まだまだ、設計図やCGパースから自動で模型を造形したり、デジタルツインにしてシミュレーションをしようというところで止まっています。まちづくりは、人が空間でいかに他者と、まなざしというか、見る見られる関係があって成立するので、そこがどう変わっていくのかに関心があります。
池上: 場所細胞が大きなヒントになると思っています。場所細胞の発見は、2年前にノーベル生理学医学賞を与えられていますが、マウスな動物が特定の場所を通過するときにだけ発火する特異的な脳の神経細胞です。 深層学習を搭載したロボットを迷路で走らせても場所細胞が生まれたりする。 その場所に来ると反応する。
吉野: 面白い存在ですね。それは既存の細胞が変わるのか、それとも生まれるのですか。
池上: もともと海馬(記憶や空間学習能力に関わる脳の器官)にあって、簡単に言えば、 グーグルマップみたいなものが脳にあったということです。脳もメタバースです。面白いのは、マウスが寝ているときに、行った場所を夢の中で回想しているときがある。この時は7倍から20倍も速く移動する。映画だと実際の世界の1秒を2時間で表すこともできる。逆に1000年の歴史を30分で表すこともできる。
メタバースは時間の縮尺を変えることであり、身体性を変えることである。 だから、 脳はメタバースで、これがメタバースをやるときの立ち位置です。
吉野: 今まで移動という概念、人が移動する、リアルな移動とメタバース上での移動、合わせて考えだしたらわけがわからなくなってきました。
池上: 映画の編集みたいに、自分が感じる時間は伸び縮みするということと、身体性が拡張するということ。両方が起こるというのは、両方、同じ原因かもしれなくて、時間の縮尺が変わるということは自分の記憶や経験を編集することでもある。 脳を理解するうえでとても大事なことだと思います。
吉野: 時間を圧縮してしまうといったときに、道元の禅でいうと、すべての世界が雨粒に宿るという説話があって、一つの雨粒に全世界が入っている。とことん縮小してしまうというか。その話を読んだときに、頭では理解できても実感として理解できなかったのですが、最近のメタバースの世界を聞いていると、あり得るという気がしてきた。その世界観まで行くということですね。
池上: メタバースによる宗教的な考えの体験は可能かもしれないですね。
吉野: 上町台地にある四天王寺を調べていたときに思ったのは、四天王寺は7世紀初頭の難波宮ができていない頃からあります。当時、遣隋使を招いたりしたとき仏法だけでなく科学技術の最先端から教育、官寺としての行政機能も持っていたと言われいています。お寺というのはすごい組織、施設だった。今の宗教とは次元が違っていた。
池上: 松岡正剛さんの『空海の夢』という本がすごく面白くて、それを読んだときに、 空海が達しようとした境地にメタバースで貢献できるのではないかと考えました。
メタバースみたいなものは、そういう意味では心の問題でもあり、 身体性の拡張の問題でもある。 そこまで考えないと面白くならない。
吉野 なるほど、すごく刺激を受けました。まだまだお話しを頂きたいところですが、紙幅も尽きてきましたので、最後に、最近のご関心や活動についてお聞かせ下さい。
池上: そうですね、バイオスフィア(生態圏)に興味があります。バイオスフィアは地球全体、 1991年バイオスフィア2 (密閉空間の中の人工生態系)をアリゾナにつくって失敗しました。なぜ失敗したかというと人間がアホだからですね。僕たちはバイオスフィア3をつくりたい。最新の情報理論をベースに、これまでにない生態系ができるのではないか。 それで進化の巨大な実験ができたらいいなと思っています。あとは新しいロボット、細胞を使った 「半生命」としてのロボットを万博で見せられたら。そう思っています。
吉野: 素晴らしいBIGアイデアですね。夢の実現を期待しています。本日は本当にありがとうございました。