【プロフィール】
建畠 晢(たてはた あきら)
京都市生まれ。早稲田大学文学部仏文学科卒業。 「芸術新潮」 編集者 国立国際美術館長、京都市立芸術大学学長などを経て2015年より多摩美術大学学長。専門は近現代美術。
「ヴェネチア・ビエンナーレ」日本館コミッショナー (1990年、1993年) 「横浜トリエンナー芸術監督(2001年) 「あいちトリエンナーレ」 芸術監督 (2010年) 主な詩集としては「余白のランナー」(1991年、第2回歴程新鋭賞) 「パトリック世紀」 (1996年、思潮社) 「零度の犬』(2005年、第35回高見順賞) 「死語のレッスン」(2013年、第21回萩原朔太郎賞)など。
話し手:建畠晢 先生
聞き手:吉野国夫 (一財)大阪地域振興調査会 常務理事
吉野: 本日はありがとうございます。建畠様は美術館館長、大学学長という以前に、詩人など表現者としても良く知られていると思います。今回は、詩人として、また誌の朗読者としての側面にスポットを当ててご紹介したいと思います。まず、建畠様のマルチ人間の原点ともいえる文楽との関わりについてお願いします。
建畠: ずい分昔の話になりますが、あるきっかけで高校生の頃から通っていました。もちろん中身が分かるはずもなく、ただただ我慢の観劇でした。ところが大学に入った頃に国立劇場に観に行った公演で、小石川高校の旧友 (今の豊竹呂太夫) が出ていてびっくりしたのがはじまりで、急に親近感が湧いたのです。文楽自体に感動したのは豊竹越路太夫さん (人間国宝)の「摂州合邦辻」を聴いた時、あまりのすごさに感動して体が震えたのを覚えています。今もこの体験が文楽好きの原点になっています。
吉野:「摂州合邦辻」は私の住んでいる大阪の上町台地、そのシンボルみたいな四天王寺にまつわる俊徳丸の物語で、先日も呂太夫さんの素浄璃を観てきました。 太夫さんとはどんなご縁なのですか。
建畠: 彼とは不思議な緑でね。中学生の頃、英語で知り合って、小石川高校で一緒になり、水泳部や一緒にボクシングのジムに通った間柄で、文学青年だった呂太夫と同人誌を何度か発行したことがあります。 文楽の名門の家(祖父の若太夫 人間国宝) に育ちながら、全く興味の無かった彼が、結局文楽の道に入って今に至るのも何か運命的な気がします。
吉野: 自作の詩の朗読も長年続けられていますね。 ご記憶に無いと思いますが、実は数十年前に呂太夫さんとご一緒に建畠さまの朗読を聴いて、その声に驚いたことがあります。 おおさか21会という里井三郎さん(商工会議所副会頭) を座長とする小さなサロンにお越しいただいたのですが、今でも鮮明に覚えているのは、呂太夫さんが「傾城阿波の鳴門」の有名な一節(あ〜い〜ととさんの名は十郎兵衛……) を参加者全員にしっかり声が出るまで、何度も揺わせられました。その時の建畠さんはひょろっとしてぼそぼそ喋られる方という印象だったのが、いざ朗読が始まるとびっくりするほどの声が身体から出て、唖然としたのを覚えています。
建畠: 実はその以前、ある朗読会で僕の声ができておらず、ふらふらしてるのを昌太夫が咎めたので、彼の自宅で特訓をしたのです。その時、ある瞬間にボーンとすごい声が出たのでびっくり。これで身に付いたと思ったのが、本番では緊張して出なかった事を覚えています。芸を身に付ける事のむつかしさが身に沁みました。
吉野: そうでしたか、その後も呂太夫さんとはご一緒されましたか。
建畠: そうですね、 奈良県御所市の長柄神社・池口邸(堺屋太一氏実家)で「文楽の試み一現代詩を浄瑠璃である」というイベントをやりました。 (2012年10月) 僕の「パトリック世紀」を呂太夫が創作浄瑠璃としてやり、僕が自作を朗読するというものでした。彼は昔から別の分野の人たちとのコラボに積極的でしたが、今も続けられている「ゴスペル・イン・文楽」もその頃から始められたようですね。
吉野 私の住む安堂寺町は、文楽とゆかりのある土地で、昔は裕福な金物問屋が立ち並び、夜店や盆踊りでは文楽や芸能関係の方を招いて催しをしていたそうです。 私達が数十年ぶりに復活させた「安堂寺まつり」の準備中 偶然発見した古写真に60年前の文楽人形が写っていたのです。早速、国立文楽劇場に飛び込んだとこ桐竹勘十郎さん(現人間国宝)が気軽に応じていただき、アッこの足使いをやってるのは桐竹紋寿さん(故人) やと紹介していただき、とんとん拍子で祭りに来ていただく事になり地域の会館で当時のエピソードと傾城阿波の鳴門のお園のさわりを演じて頂きました。
2012年 桐竹紋寿実演
建畠: 昔の芸能は地域の人たちとの結びつきの中で育てられてきたので、 大阪にもそうした伝統があったのでしょうね。 当時の大阪というか、近世以来大阪の芸能文化は教養ある旦那衆が支えてきた伝統があります。昭和になってもそうした気風が残っていたので、こうした試みが当時をよみがえらせる事につながれば良いですね。
吉野: ご縁と言えば、時折り通っていた現代アートギャラリーで、建畠さんをお見受けしました。NOMART(ノマル)という名前はノマドとアートを掛け合わせたものらしいですが、その25周年記念のフィナーレイベント (2014年12月)でゲストに建畠さん。.es(ドットエス)という現代音楽のユニット(故橋本孝之 サックsaraサラ・ピアノ) それに藤本由紀夫+ZBOオーケストラという豪華なイベントでしたが、現代音楽に素養の無かった僕としては強烈な違和感と不思議な感覚に陥った事を覚えています。
建畠: 詩の朗読というのは孤独な作業ですが、違ったジャンルの人とのクロスオーバーによって新しい挑戦が出来る良い機会だと思っているので、素人の私ですが恥を忍んで積極的に受け止め参加しています。
吉野: その後、2019年12月のノマル30周年では建畠様の「パトリック世紀」 をテーマとした「.es (橋本孝之 & sara)」 によるリーディングパフォーマンスをされ、同時に限定版のレコード作品 「パトリック世紀」 を発表されましたね。先日今中様 (.es saraさんと同一人物) にお会いして、建畠様とドットエスのこれまでのコラボイベントのお話しや額装されたレコード作品を見せて頂きました。 また、この7月1日には横浜のジャズバー 「Biches Brew」 で内田静男ベース sara (.es)さんとのコラボ朗読を身近に聴かせて頂きました。 サラさんの最初の鈴の音は能楽の笛に似て会場の空気を変換させる機能があると感じました。 ピアノも心地よい音に聴こえてきましたが、これは故橋本孝之さんが去られたドットエルだからなのか、僕の耳がなじんできたのか不明です。
Opening Live: 建畠哲+.es
(ドットエス:橋本孝之&sara)
Photo: 中川佳宣 Yoshinobu Nakagawa
2019年8月24日
建畠: 詩は台本がありますが、サラさんのピアノは全くの即興です。 その音に呼応して自分の声がどんな声で出るのか? やってみるまで分からない貴重な経験だと思っています。
吉野: 最後に、私共の財団が事務局の実行委員会で今年の10月11日に大阪の四天王寺で「人の移動とネットワーク」をテーマにシンポジウムを企画しています。併せて、大阪市立美術館周辺の旧料亭、旧住友家蔵や下寺町を舞台とする小規模なアートイベントを実施する予定です。 シンポジウムでは第1部移動に関する科学と現代アートの視点から、 第2部はベルリンとインドネシアをつないで、アートの場と人のネットワークの視点から取り上げ、 芸術文化を基盤とした都市づくりの可能性を語りたいと思っています。 建畠様にはいろいろとアドバイスを頂いておりますが、改めて何か一言頂けませんでしょうか?
建畠: 残念ながら、10月11日は東京で別件の委員会が決まっていて参加する事は叶いません。その後の日程で期間中に観に行きたいと思っています。ご検討中の概要を見せて頂きましたが、テーマが広くて具体的な議論の行方が見えにくいですね。 2017年以来、取り組まれて来た古代・中世史や巡礼観光からの軸線と今回のイベントがどうつながるのか、またシンポジウムとアートイベントのテーマの一貫性など、 少し拡散的、悪く言えばバラバラな印象があります。 これらに横串を刺す何かがあれば良いのですが、難しいですね。 現代アートの議論は専門化していて、一般の人々にはなかなかとっつきにくい世界になっています。 今回は地域の人や会社員、 行政の専門でない人にも聞いて頂くようですので、高度であっても分かりやすい内容にすることが理想ですね。
建畠晢+sara (es) 内田静男 ベース
ジャズバー「Biches Brew」2022年7月1日
吉野: そこに頭を悩ませています。 私自身は都市計画やまちづくりの世界で生きてきましたし、財団の目的も地域振興、 都市政策ですので、 地域の人や一般の方にも届けたいと思っています。現時点でのアイデアは、 上町台地の深い歴史性、寺社集積に見る聖地性、 芸能の源流としての四天王寺などを基底に四天王寺に絡む俊徳丸の物語を挿入できないか。 例えば第1部と第2部の間に文楽特別公演として「摂州合邦辻」のさわりを豊竹呂太夫さんに語っていただく事も検討しています。 俊徳丸はノマド的な移動と宗教的奇跡の物語ですが、実はアートイベントの一つに「俊徳道」をテーマにした移動型の写真ワークショップを企画しています。 米国在住の現代アートの写真家と四天王寺の僧侶が出合う事で現代アートと芸能、信仰の融合になるかもしれません。
建畠: まちづくりには大胆な再開発もありますが、まちの持っている歴史が息づくまちに磨き上げていくという取組みも大事です。そうした伝統文化と先端的な現代アートを出合わせる試みは、多様性のある町づくり、文化的な奥行きのあるまちの形成にとって、 大変大事な事だと思います。
吉野: まさに10月の芸術フォーラムもそれを目指しているので、大変ありがたいお言葉と受け止めました。 本日は本当にありがとうございました。