上町台地の詩人・小野十三郎の眼差しについて
上町台地の詩人・小野十三郎の眼差しについて
【プロフィール】
アーツサポート関西 チーフプロデューサー・学芸員
大島 賛都(おおしま さんと)
1964年、栃木県生まれ。英国イーストアングリア大学卒業。キュレーターとして東京オペラシティアートギャラリー、サントリーミュージアム[天保山]にて主に現代美術展の企画を行う。現在、サントリーホールディングス株式会社所属。(公財)関西・大阪21世紀協会に出向し「アーツサポート関西」の運営を行う。
詩人の詩作との出会いは、突然訪れる。私は、大阪の詩人・小野十三郎(おの・とおざぶろう 1903-1996)を、私の友人である詩人の池田昇太郎の活動を通して知った。その活動とは、小野十三郎が残した詩の言葉やその足跡を、現在の風景を手掛かりに、音響を使った表現や、詩、美術作品、あるいは実際にその風景の中を歩くことなどを通して、身体の経験として受容しようというものだ。2024年に始まり、3年続く予定で、現在も継続中である。初年度は前衛的な楽曲と朗読を重ね合わせた公演の形態をとり、昨年2025年は、展覧会とトーク、そして池田のガイドで街を歩くウォークツアーを組み合わせたものとなった。
池田はこのプロジェクトに、『歌と逆に。歌に。』という興味深い題名をつけた。小野の作品からとられた言葉で、抒情と行為が圧縮された「歌」を逆転させ、もとに戻すといった、意識を捻じ曲げるような力学が感じられる。公演にせよ、街歩きにせよ、小野の言葉を大阪に再び解き放ち、鑑賞者個々が回収して、各自の内に「風景」を描出させることを促す試みであった。
私が小野十三郎の詩作に強く惹かれるのは、彼の詩に付随する視点や意識の振幅の豊饒さであり、また、その視点が往還する近いところと、遠いところが、小野が眺める「風景」の領域を明瞭に浮かび上がらせているように感じられる点だ。そして、その「風景」を眺める場所として、上町台地が重要な意味を持つ。
小野は、1903年、大阪城の西側1キロほどにある現在の大阪市中央区釣鐘町の裕福な商家に生まれた。上町台地北側の、文化的にも経済的にも豊かな場所である。1921年に上京し東京の大学に入学して前衛的な活動に身を投じるものの、その洗練された佇まいに嫌気がさして、ほどなくして大学を辞め大阪に戻ってきてしまう。その後、彼は大阪に住み続けながら、第二次世界大戦前夜の国家的近代化へと驀進する大阪の港湾の工業地帯などを、実存的な意識のもと、静かな口調で描写していった。
小野の詩作は、いわゆる労働者の悲哀とその不条理を当事者の叫びとして描くプロレタリア詩とは一線を画す。彼の詩には、詩を詠む自身の偽りなき心象の描出と、遠景に眺める巨大な近代化に吞み込まれ、摩耗を余儀なくされる人間の営みとが、対比的に描かれる。
🄫Wikipedia
葦の地方
遠方に
波の音がする。
末枯れはじめた大葦原の上に
高圧線の弧が大きくたるんでゐる。
地平には
重油タンク。
寒い透きとほる晩秋の陽の中を
ユーフアウシャのようなとうすみ蜻蛉が風に流され
硫安や 曹達(ソーダ)や
電気や 鋼鉄の原で
ニヂギクの一むらがちぢれあがり
絶滅する
小野がこの詩を詠んだのは、実は晩秋ではなく、昭和十四年の元旦で、その年の「書ぞめ」だったらしい。その二年前の日中戦争勃発、前年の国家総動員法の発令をへて、太平洋戦争へと向かう国家の歯車が軋み始めた時代だ。後日、唯一制作年月日を覚えていると本人が語るこの詩は、それ以降の詩作が「主情的な要素が抑えられて、以後もはやそれは『歌』ではなくなってしまう」と本人が述べるほど、大きな転機となった作品である。漠然とした不安が抒情の臨界に達したのか。「葦の地方」は小野の詩の中で最も良く知られた作品だ。
風景の中に、波の音がし、高圧線があり、遠景に重油タンクが見える。虚ろに飛翔する蜻蛉。それは小野の近い視界の中を横切るものであったのか。遠景から近景へ、そして再び遠くへと目線が移動する。その言外には、あたり一面、うっそうと背の高い葦に埋もれた殺伐とした景色が浮かびあがる。
「葦」は、小野の作品のモチーフとして、幾度となく繰り返し描かれた。小野の回想によれば、今はもうない新阪堺電車にのって北加賀屋付近に広がる葦原へと足を運び続けたという。葦は、工場と同じく水辺を求めその周囲の湿地帯に群生し、その場所を支配する。産業も人の暮らしも、何ものもその中へは寄せ付けず、しかし必ず人の営みの近くで、繁茂する。いわば人間と産業との緩衝地帯として何も主張せずにそこに「ある」。
小野は、葦原の風景を超えた向こう側にある「近代」を透徹とした眼差しで見据え、提示した。その眼差しには、距離が必要であった。大阪の近代化や社会の軋みが俯瞰できる距離である。その距離をとるために、彼は上町台地に居を構え続けた。上町台地の高みは、小野に、戦争という装置の中で近代の苦悩にあえぐ大阪の姿を開示していたのだ。一方、恵まれた環境に身を置く傍観者としてのそしりも当然受けた。しかし、小野は詩人として対象を見つめる誠実なる傍観者として、社会の不安や軋轢と、そこから距離置くことの二極に引き裂かれる自己に、常に意識的であることを自ら受け入れ続けた。それが詩人として逃れえぬ責務であると理解していたからだ。上町台地は、かつて、そうした詩人の眼差しを見守っていたのだ。
『歌と逆に。歌に。』の一環で行われた『大迂回』の展覧会
(場所:イチノジュウ二ノヨン 会期:2025年12月12日~14日、19日~21日)。
小野十三郎の詩作をめぐり、展覧会とトークイベント、詩人・池田昇太郎の
ガイドによるウォークツアーが行われた。